消えた天才 陸上800メートル33年間日本記録が誰にも破られなかった天才とは?

消えた天才

今回の消えた天才の特集は

スポーツの世界特に陸上では日々歴史に残る記録が天才によって誕生しています

そしてその記録は時代と共に塗り替えられていくものです

しかし一方で何十年にもわたり塗り替えられない不滅の大記録も存在します

そんな大記録を打ち立てた天才のその後を追跡する新企画です

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陸上の不滅の大記録を叩きだした消えた天才は今?

元号が令和に変わりついに平和が終わることとなりますが昭和から平成にかけて陸上界にさんぜんと輝いた不滅の大記録がありました

それは昭和58年に樹立されたものです

10年間破られなければ大記録と言われる陸上界でその記録は平成28年まで33年間誰にも破られなかったまさに大記録です

そんな大記録を出した天才について二度のオリンピック出場記録を持つマラソンランナー瀬古利彦さんは

「中長距離では、ありえないね

最近ならトラックも良くなってそんな中で記録を30年間持ったってことはものすごい記録だったんですよ

だから彼の記録は」

さらに箱根駅伝4連覇青学の原晋監督も

「我々世代で知らない人は、いないですよ

こんな強い選手が出てきたか、いわゆる伝説のランナーですよ」

天才が打ち立てたのは中学生男子800メートル日本記録です

瀬古利彦

「長野の怪物だったかな怪物って言われていました」

原晋監督

「怪物の二文字しか浮かびあがりません」

陸上界のレジェンド2人が口を揃えて怪物と呼ぶほどの天才です

実際当時の専門誌では中学に怪物ランナー出現と天才を特集しさらに天才の全記録をまとめた記事までありました

天才は中学1年で初めて大会に出場するとすぐに当時の中学生記録を塗り替え三年間で自身の記録を15回近く塗り替えました

今から36年前怪物と呼ばれ陸上界を震撼させた伝説の天才ランナーの凄さとは?

それは天才が中学3年生の時に出場した全国大会800メートル決勝でのことです

周囲に比べてひときわ大きな選手彼こそがその天才です

そして天才がジャージを脱ぐと衝撃の光景でした

中学生とは思えない超マッチョな体でした

さらにレースが始まると他の選手が度肝を抜かれるほどのスタートダッシュでペースは落ちるどころか後半さらに差を広げてそのまま独走でゴールしました

当時あまりの速さから陸上界が騒然となった伝説の天才とは?

和田仁志さん

そんな天才がその後33年間破られることのない大記録を叩きだしたのは全国大会800メートル決勝でした

スタートからグングン飛ばしていく天才は、大きな体を生かした力強い走りであっと言う間に2位以下の選手と10メートル以上の差を広げました

2週目に入ってもそのペースは落ちるどころかさらにギアを上げ2位との差を広げて全国大会の決勝とは思えない圧倒的なリードで最終コーナーに入ってもその差は詰まることなく天才の和田仁志さんの独走状態です

陸上界の消えた天才は2位に5秒も差をつけて見事優勝しました

この時の優勝タイムは、その後33年間も破られることのない伝説的な記録となりました

設楽

「そんなにやっぱりすごかったんですか?」

原晋監督

「今の青学の大学生が勝負しても勝てません」

さらに高校に進学すると史上初となる1年生でインターハイ優勝を果たしました

原晋監督

「将来、世界陸上、オリンピックで日の丸を掲げて走れる素材の持ち主だったと言っても過言ではないでしょうね」

誰もが天才、和田仁志さんのオリンピックでの活躍を疑わなかったです

しかし、和田仁志さんはオリンピック出場するどころか日本代表に選ばれることもなく大学時代には優勝した記録さえ残っていません

瀬古利彦

「そのあと、どうなったのかというのは僕は聞いてなくてそっから陸上マガジンから消えちゃった急に」

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あれから36年伝説の天才和田仁志さんを大追跡しました

天才、和田仁志さんは現在横浜市にいました

現在和田仁志さんは50歳になっていました

当時の面影はあるものの落ち着いた印象になっていました

今も定期的にジムで鍛えているという和田仁志さん

では現在一体何をしているのか?

都心の超高層ビル32階にオフィスがあるそうです

そこには大量のパソコンとモニター果たして現在の和田仁志さんの仕事は?

かつての天才は毎日リアルタイムな金融情報の解説を動画で配信する仕事をしていました

業界では本を出版するほど有名人となった和田仁志さん

会社役員を務めグループ全体の売り上げは100億円以上にも上ると言います

金融の世界で大成功を収めた天才和田仁志さんだがかつて不滅の大記録を叩きだしたにもかかわらず一体なぜ勝てなくなってしまったのか?

和田仁志さん

「一言で言えば早熟な成長だったんじゃないかなというふうに今思えば思っています

身長も当時172センチありましたけど今は175センチで止まりました」

中学時代当時の平均身長を大きく上回る恵まれた体格だった和田仁志さんの当時の体力測定の記録を見てみるととんでもない事実がありました

握力、背筋、肺活量の数値が成人男性の平均値をはるかに上回るという驚きの結果でした

和田仁志さんの中学3年生の体力測定

握力60キロ

背筋175キロ

肺活量5300ml

一般男性の体力測定平均

握力50キロ

背筋145キロ

肺活量4200ml

つまり天才和田仁志さんは中学3年生にして大人以上の身体能力を持ち合わせていたのです

しかし年齢を重ねると周りの選手は成長し記録が伸びていく一方和田仁志さんの記録は伸び悩み実際天才和田仁志さんと現在の800メートルの日本記録を持つ川元選手の記録を比較してみると天才和田仁志さんは中学3年生から自己ベストを出した高校生3年まで記録はほど横ばいです

タイムを2秒程度しか縮めていません

一方、川元選手は中学3年生の時は和田仁志さんよりもだいぶ遅いタイムだが大学4年で日本記録を出すまで年々タイムを縮め結果12秒近くも自己記録を更新しています

そう天才和田仁志さんが高校生1年から活躍出来なくなった理由は他の選手より体の成長が早熟だったからでした

実は天才和田仁志さんの長男の和田昌士さんは2016年に横浜Fマリノスに入団しプロサッカー選手にさらに弟の和田昂士さんも兄と同じ横浜Fマリノスのユースチームでプロを目指して活動中です

お父さんが世界で活躍出来なかったので息子には世界で活躍して欲しいと期待して応援しているそうです

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