消えた天才 女子バレー天才セッター中田久美が唯一勝てなかった天才がいた!

消えた天才

今回は消えた天才スペシャルです

女子バレー天才セッター中田久美が唯一勝てなかった天才がいた!

昨日開幕したバレーボール世界一決定戦8年ぶりのメダルを狙うのは日本代表を率いるのは中田久美監督です

元祖天才セッター中田久美さんは現役時代は史上最年少15歳で日本代表入り天才少女現れると話題になりました

18歳で迎えたロサンゼルスオリンピックでは、中心選手として活躍銅メダルを獲得しました

帰国後は中田久美フィーバーが起こり人気はアイドル級でした

だがそんな中田久美さんが勝てなかった同じ年の天才がいたのです

スタッフ

「中田久美さんが勝てなかった選手いますか?」

中田久美

「いました

もう本当にエース大砲って感じです

何人もの選手と一緒にプレーしてきましたがトップだと思います

将来を有望視された一番の選手でした

私なんかより全然上手く

一緒に15歳で日本代表入りしました」

それは中田久美さんが代表の合宿に初めて参加したときのこと

先輩もうちょっと高く上げてもろうてええですかと先輩のトスに注文つける一人の選手がいました

そして高くトスを上げると中田久美さんの前で衝撃の光景がありました

とてつもない高さの豪快なスパイクでした

中田久美

「周りより年下ですけどチームを引っ張る力がすごいです

エースって感じです」

当時の映像が残っていました

相手は当時世界最強のアメリカとの試合です

天才は驚異のジャンプ力で豪快にアメリカにスパイクを決めています

さらにアメリカのブロックの上からもスパイクを決めてみせました

天才の2歳年下で同じくアタッカーとして活躍した大林素子さんは

「エースとしての憧れ像です

私もバレー始めてから今まで40年以上バレー界を見てきて、こんなすごい選手は見たことないです」

さらに当時の日本代表コーチから天才の衝撃のエピソードを聞きました

西村コーチ

「なんと天才はバレーを初めて1年でした

それがあのプレーをする

考えられない」

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何と天才はバレーを初めて1年で日本代表入りをしていたのです

まさに中田久美さんを上回る天才です

その天才の名前は大谷佐知子さんです

身長は178センチ日本人離れした驚異のジャンプ力を誇り15歳で代表入りをするとすぐさま中田久美さんと共に中心選手になりました

しかしひとたびコートを離れるとあどけない女の子です

だが18歳でコート上で日本のエースアタッカーとしてロサンゼルスオリンピックにも出場

中田久美さんと共にバレー界を背負っていくと誰もが思いました

しかし4年後のソウルでは中田久美さんはチームの中心として活躍したのに対して天才大谷佐知子さんの名前がないです

さらに4年後のバルセロナでもそこに大谷佐知子さんの姿はなかった

史上最年少で代表になったほどの天才は21歳を最後に一度も日本代表入りすることなく表舞台から姿を消しました

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あれから34年天才の大谷佐知子さんの今を大追跡しました

天才は現在大阪府吹田市に住んでいました

大谷佐知子さんは現在53歳です

大阪市吹田市の教育委員会で働いています

15歳で日本代表入りした当時の話を聞いてみました

大谷佐知子

「東で中田久美さん西で私っていう形でスパイクに自信を持っていました

お姉さん方のいないところでは、なんで私たちを使わないのかな

こんなの勝てるはずないみたいな

すごい生意気な事を言っていました

当時の目標はロス五輪、ソウル五輪で金メダルでした」

そして迎えたロサンゼルスオリンピックでは、大谷佐知子さん中田久美さんの活躍もあり日本は見事銅メダルを獲得しました

しかしその4年後のソウルでは中田久美さんは中心選手として活躍したのに対して大谷佐知子さんの姿はコートにいないです

いったいなぜ?

それはソウルオリンピックの1年前のこと国内のリーグ戦に出場していた大谷佐知子さんだがこの試合で思いもよらない事態が起きました

大谷佐知子

「スパイクの後、滑ってひざが違う方向に曲がりました

太ももから足先まで紫に腫れました

右ひざの靭帯損傷でした

復帰まで1年かかると言われました」

ただし手術とリハビリを行えば1年で万全の状態で復帰できるというものでした

しかし怪我から二か月後そこには膝にテーピングを固定しながらプレーする大谷佐知子さんの姿がありました

大谷佐知子

「ソウル五輪まで1年無かったです

手術をする選択肢はなかった」

翌年のソウル五輪に出場するために手術をせずにそのままプレーを続けました

しかし無理をしたことで右ひざはさらに悪化ソウル五輪出場出来なかっただけでなく天才大谷佐知子さんがその輝きを取り戻すことは二度となかったです

なぜ1年リハビリをすれば復帰出来たにもかかわらず無理をしてプレーしたのでしょうか?

そこには34年間心に秘めた思いがありました

大谷佐知子

「実はあの時、久美とある約束をしたんです」

それはロサンゼルスオリンピック銅メダル獲得直後のことです

大谷佐知子

「久美今回は先輩たちに引っ張ってもらったけど4年後は私たちが中心になって絶対に金メダル獲ろうな

約束な」

天才大谷佐知子さんが無理してプレーを続けた理由は中田久美さんとの次の五輪で金メダルを獲ると言う約束を守ろうとしたためでした

大谷佐知子

「自分の中では特別な久美との約束でした

その約束を自分がけがをして守れなかった

久美に悪いな

久美は一人でどうしてたんだろうって思っていました

その思いは久美に伝えていません」

結果的には約束を守れなったその後悔からずっと胸に秘めてきました

そんな大谷佐知子さんの思いを中田久美さんに見てもらいました

中田久美

「そうだったんだ

手術をしなかった理由が私との約束を守るためだったのは今までわからなかった

ちょっとびっくり

今、私が日本代表の監督になって頑張れとは絶対に言わない

無理しちゃいけない」

そして実は今、かつての天才大谷佐知子さんはバレーコートにいました

大谷佐知子

「中田久美が日本代表監督に任命されて久美の行動が自分への刺激になって子供たちにバレーを指導しています

世界で活躍する子供を育てて日本代表監督の中田久美に預けたいです」

昨日の世界バレーの客席には大谷佐知子さんの姿がありました

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