この差って何ですか?たこ揚げは、なぜ、「たこ」であって「いか」でないのか?

この差って何ですか?

外国人がわからない日本の差

①日本に来て4年のコールさんは日本人の友達と一緒に公園に行った時に疑問に思った

たこ揚げってなんでたこなの?

確かに日本人はお正月や5月5日の端午の節句になるとたこを揚げますが、そんなにタコに似てないのにたこ揚げといいます

いか揚げとは呼ばないです

なんでたこ揚げがあってイカ揚げはないのか?

江戸川大学で民俗学を教えている斗鬼教授に聞いてみました

「実は元々たこじゃなくて、いかから始まっているんです

そもそも今で言うたこ揚げは、5~6世紀ごろ中国で生まれました

その当時のたこ揚げは現在のような遊びでなくて戦に使われていました

遠くの味方に「攻め込むぞ」という合図に使っていました

当時のたこは敵に合図だと悟られないように鳥に似せて鳶の形をしていました

それは「紙鳶」(しえん)っていうふうに呼ばれていました

しかし最初は戦に使われていた紙鳶は、やがて中国の貴族の遊びとして定着しました

そして平安時代になると日本に伝わり日本の貴族の間でも流行しました

さらに江戸の庶民にも紙鳶広がりました

そしてこれまで紙鳶と呼ばれていたものが、このころになると「いかのぼり」と呼ばれるようになりました

その理由は、浮世絵に、どの紙鳶にも白い脚がつけらいるからです

脚が重りの役割となってクルクルと回転せず長い時間飛ばせるように改良されたのです

四角形に長い脚がついている姿がイカに似ていることから段々庶民の中から「いかのぼり」と呼ぶようになりました

実際に江戸初期に書かれている文献を見てみると漢字で紙鳶と書いていかのぼりと振り仮名が書かれています

そしてあることがきっかけで、いかのぼりがたこのぼりと呼ばれるようになるのです

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時は江戸時代初期に、いかのぼりと一大ブームでした

しかし、この大ブームによってあるトラブルが頻繁に起こったのです

どちらが高く揚げたとか、他のいかのぼりと接触したりして、いかのぼりが原因で喧嘩が多発していました

さらに落下したいかのぼりが体に当たってケガや死者が出ていました

さらに大名行列に、いかのぼりが落ちて大事件になったり当時の社会問題になったのです

すると、この社会問題を見過ごすわけにはいかないと幕府までもが動きました

いかのぼりが禁止されてしまいました

1646年に江戸幕府はついに「いかのぼり禁止令」を出したのです

しかしそれでも庶民のいかのぼり熱は冷めず

みんな禁止令を無視して続けました

そして、いかがたこに変わります

役人が庶民がいかのぼりをやっているのを見て

「いかのぼりは禁止だと言っただろ!今すぐやめろ」

庶民

「これは、いかのぼりではなく

たこのぼりって言うんです

脚を数えてみてください

脚が8本あるでしょ

つまりこれは、いかじゃなくてたこ

たこに空に揚がるからたこのぼりって言うんだよ

たこのぼりなら禁止じゃないんですよね」

たこのぼりっていうのは江戸幕府によって禁止された、いかのぼりを続けたい一部の庶民が考えた屁理屈によって生まれた言葉だったのです

その後、江戸幕府はたこのぼり禁止令も出しますが一部の庶民がまた禁止令を無視をしました

以来、いかのぼりはたこのぼりと呼ばれるようになり

そしていつしか、たこのぼりを揚げることから

たこ揚げという呼び名に変わっていったのです

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