消えた天才 錦織圭が3戦全敗し全く勝てなかった同世代の天才が日本にいた!

消えた天才

錦織圭が3戦全敗!全く勝てなかった同世代の天才とは?

日本テニス界スーパースターの錦織圭選手といえばテニスの4大大会ウィンブルドン選手権で並み居る強敵を破り見事ベスト8に進出しました

錦織圭選手は世界ランキングは日本人過去最高4位まで上り詰めるなどまさに日本が世界に誇るテニス界のスーパースターです

その才能は幼少期からトップレベルで小学6年生の時には全国大会の3大タイトル全て制覇しています

錦織圭選手は中学生になると18歳以下で争うジュニアの国際大会でも優勝しています

その圧倒的な強さでテニス界の神童と呼ばれていました

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しかし錦織圭選手が3戦して全敗した同世代の天才が日本にいた

その天才のすごさについて聞いたのは当時天才と錦織圭選手二人を指導した竹内映二さんです

「世界的にも当時錦織圭に3回勝つ誰もいないんじゃないですかね

彼だけだと思います

才能は錦織圭と肩並べる

世界の舞台にパスポートがいるなら天才は、もう持っていたと思います

必ず彼が世界のトッププレイヤーになるっていうふうに見てましたので」

世界のトップも狙えると言われた天才が錦織圭選手を破った時の試合映像が残されていました

二人の初対戦は今から20年前小学生の全国大会でした

サウスポーの選手が当時12歳の天才で相手は10歳だった錦織圭選手です

錦織圭選手の深いショットも天才は余裕で返す

竹内映二さん

「厳しいコースでエースをねらうようなプレースタイルでした

攻める姿勢を崩さないプレイヤーでした」

天才の武器はサウスポーから繰り出される力強いショットでした

そして錦織圭選手と天才の2度目の対戦は初対戦から4年後です

当時、錦織圭選手はアメリカIMGアカデミーへ留学中でアガシやシャラポアなど一流選手を育てるたテニスの名門で腕を磨いたのだがそんな錦織圭選手を天才はまたしても撃破しました

6-4

リベンジを許さなかった

さらに1年後の3回目の闘いでは6-3、6-4の天才のストレート勝ちでした

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竹内映二さん

「アメリカのIMGアカデミーに留学することを決めて帰ってきた錦織圭に対して勝利したのはやはり彼ぐらいしかいないと思います」

錦織圭選手を3度も倒した天才の名前は

藤井貴信さん

当時の実績は同世代で最強でした

17歳でジュニアクラス世界最高峰の大会ウィンブルドンに17歳で出場しそして18歳で錦織圭選手よりも先にプロデビューを果たしました

将来は世界で必ず活躍するそう誰もが期待していました

しかしライバルの錦織圭選手が世界の舞台で活躍しているのに対し天才藤井貴信さんが4大大会はおろか国内の大会でも目立った成績を残すこともなく何とプロになってわずか2年後20歳という若さで突然の引退をしました

錦織圭選手に最後に勝ったあの日から15年天才藤井貴信さんの今を大追跡しました

天才藤井貴信さんは現在神戸にいることが判明しました

早速話を聞くためにご自宅に行きました

天才の藤井貴信さんは31歳になり5年前に結婚して2児の父になっていました

奥さんと子供二人と暮らしていました

ちなみに天才の藤井貴信さんは建設機械を製造する会社に勤務しています

天才の藤井貴信さんのテニスを始めた小学校時代について聞いてみました

「小さい時からプロを目指して起きてもテニス寝る前もテニス目指す以上は一番になりたいと思って世界でも一番になりたいと思っていました

錦織圭選手と初めて対戦した時は知らなかったです

絶対負けないみたいな感じで思ってました

しかし試合には勝ったもののスコアは接戦で2歳年下の錦織圭選手の実力に驚きました

すごく上手かったです

ストロークでガンガン打ってきたイメージはあります」

この1戦をきっかけに錦織圭選手をライバルとして意識するようになった天才の藤井貴信さん

そして二人は2年後あるイベントで運命の再会を果たしました

それは全国のジュニア世代から10名ほどしか選ばれないエリート養成合宿の松岡修造チャレンジです

天才の藤井貴信さんと錦織圭選手は松岡修造チャレンジが開催するたびに召集され松岡修造さんから熱血指導を受けました

しかし、このあと世界を目指した錦織圭選手と天才の藤井貴信さんの明暗が分かれました

錦織圭選手より2年早く18歳でプロデビュー世界一を目指し渡米しました

天才の藤井貴信さん

「4大大会を目標に小さい試合から勝って行くやってやろうの一心でした」

しかしそんな天才の藤井貴信さんを待ち受けていたのはあまりにも厳しい現実でした

天才の藤井貴信さんが決まったと思ったショットが外国人選手にことごとく拾われました

天才の藤井貴信さん

「最悪の結果でボコボコにやられました

ここでやっていけるのかな

自信が不安に変わりました」

天才の藤井貴信さんの渡米後の成績は全ての大会で1回戦負けの0勝8敗でした

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錦織圭選手に全勝した実力なぜ世界で勝てなかったのか?

天才の藤井貴信さん

「体の大きさ身長でした」

実は天才の藤井貴信さんの身長は168センチで世界で名だたる選手は185センチ以上で天才の藤井貴信さんはかなり小柄です

天才の藤井貴信さん

「僕らが2歩から3歩のところを外国人は1歩でいく

僕らがどんだけ手を伸ばしても届かない所が外国人は届く

身長差は大きかったですね」

成長過程にあるジュニア時代とは違い体格が出来上がったプロの外国人選手との身長差はあまりにも大きく天才の藤井貴信さんは勝てない自分に焦りを覚えていました

さらに天才の藤井貴信さんに追い打ちをかけたのが、これまで一度も負けなかったライバル錦織圭選手の存在です

錦織圭選手も身長178センチでテニス界では小柄でした

だが当時18歳だった錦織圭選手は全豪オープンジュニアでベスト8に輝くと全仏オープンジュニアでは日本男子初となるダブルス優勝を果たすなど世界を相手に大躍進しました

世界で全く勝てない自分とライバル錦織圭選手との差がどんどん広がる

その状況に焦った天才の藤井貴信さんは1日8時間以上の練習を自らに課すようになりました

しかしこれが天才の藤井貴信さんのテニス人生に終止符を打つきっかけとなりました

その時、天才の藤井貴信さんは足首を負傷しました

どうしても錦織圭選手に追いつきたい

その焦りから天才の藤井貴信さんは負傷した足を治さず試合に出続けました

結果、アメリカで勝利するどころか日本に戻っても楽勝だった相手にすら勝てなくなっていました

天才の藤井貴信さん

「怪我の繰り返しで勝てなくなり先が見えなくなりました

目標を達成する自信が消えました

プロを辞める決断をしました」

20歳でテニス界を引退しました

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天才の藤井貴信さんが消えた理由

世界で活躍する錦織圭選手を目の当たりにして結果を出すことに焦りすぎたからでした

天才の藤井貴信さん

「錦織圭選手にあって僕にはなかったものは諦めない気持ちですかね

僕は途中で辞めた、逃げた

良い意味では次の人生なんですけど悪い意味では逃げたそこですかね」

天才の藤井貴信さんは新たな夢が出来たそうです

子供さんがテニスをやりたいと最近言ってくれてることが嬉しいそうです

プロは辞めたが引退後は家族とテニスを楽しんでいるようです

実は奥さんもテニスをやっていてジュニアで全国2位になったほどの腕前で将来の子供さんに期待したいと思いました

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