ノンストップ。闘将星野仙一さん。お別れの会に参列者1500人

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燃える闘将星野仙一お別れ会に1500人が参列

ノンストップ。闘将星野仙一さん。お別れの会に参列者1500人です。
今年1月膵臓がんで70歳の若さで亡くなった星野仙一さん。
現役時代から打倒巨人を胸に投げ続けた燃える男星野仙一さんのお別れ会が3月19日に開催され、参列者はプロ野球界や芸能界などから1500人が参列しました。
いかに星野仙一さんがたくさんの人から愛されていたかが分かる参列者の数です。
現役を引退後は、中日・阪神・楽天で監督を歴任し、各チームを優勝に導きました。
中日・阪神では日本シリーズで敗れ日本一になった事はありませんでした。
星野仙一さんが、楽天イーグルスの監督に就任したのは、東日本大震災が起きた2011年シーズンからです。
東北に勇気を与えるを合言葉に、チームの指揮を執りました。
そして2013年楽天イーグルスは優勝し、この年の日本シリーズの相手は宿敵巨人でした。
日本シリーズは第7戦までもつれ込み、第7戦を楽天イーグルスが勝利し見事日本一に輝きました。
東北地方の人に勇気を与えた瞬間でもありました。
日本一になったのは監督になって初めての事でした。

選手には厳しかった

選手が凡ミスをすると鉄拳制裁をすることも珍しくはありませんでした。
それだけ勝負にかける意気込みは相当なものがありました。
扇風機をナゴヤ球場時代は破壊するなど非常に感情をあらわにする監督でした。
選手からは恐れられていましたが、星野仙一さんを恨む選手は誰い一人いませんでした。
選手はわかっていたのです。
自分たちの為に監督はあえて厳しくしている事を。
一見すると、恐怖支配のように見えますが、実は星野仙一さんは他の誰よりも選手を大切にしていました。
それが時として凡ヘッドをした選手に対して厳しい鉄拳制裁を行ういわば愛の鞭と言ったところです。
楽天の監督になった時にはかなり丸くなっていましたが、中日時代はかなり選手を震え上がらせました。
しかし、それはすべては選手の為です。
別に八つ当たりするわけではありませんからミスをしなければ何もしませんでした。

同期の親友

同期の親友には、山本浩二さん、田淵幸一さんがいます。
山本浩二さんは広島で活躍し、田淵幸一さんは阪神タイガースと西武ライオンズで活躍しました。
現役引退後は時間が合えば3人で食事を共にし、お酒を飲む良き親友でした。
現役時代は試合ではライバルとして向かっていきました。
山本浩二さんも田淵幸一さんも星野仙一さんの余りにも早すぎる死に信じられないと言った表情をしていました。
70歳まだ若すぎますね。

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