爆報!THEフライデー【あの昭和スターの謎が明らかに!】日本のお母さん、女優山岡久乃!謎の最期とは?

日本のお母さん山岡久乃さん!

日本の山岡久乃さんは、16歳で宝塚音楽舞踊学校で演劇を学び、20歳で女優としてデビューされます。

1970年大ブレイクを果たします。

その番組は”ありがとう” 水前寺清子さんの母親役として出演。

民間番組歴代1位の視聴率56.3%!

その後、母親役のオファーが殺到。

山岡久乃さんは日本のおかあさんとなったのです。

山岡さんは29歳で結婚しましたが、子宝に恵まれず、44歳で離婚。

子供がいなかった山岡さんは街に出て、親子の会話を聞きながら、

演技の勉強をしていたのです。

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山岡久乃さんの晩年の謎にせまる!

1998年 渡る世間は鬼ばかりの4作目を突然降板され、

理由も全く公表されませんでした。

週刊誌は認知症?重病?確執?といろいろと書き立てました。

そして、子供もいなかった山岡さんに養女がいたのです。

この養女は何者で、山岡さんの隠し子?遺産目当て?週刊誌は書き立てました。

山岡さんが亡くなってから17年。謎の真相を養女が告白!

謎の養女は誰なのか?

現在、養女はシンガポールの高級マンションに在住。

このマンションは山岡さんの遺産で購入したものなのか?

養女となったのは山岡泰子さん現在45歳。

泰子さんは山岡さんの妹の娘で、伯母と姪の関係だったのです。

山岡さんが亡くなる2年前に泰子さんの元に山岡さんから電話が…

正式に養女になってほしいと言われたのです。

泰子さんが26歳の時、正式に養子に。

なぜ、山岡さんは泰子さんを養女にしたのか?

一緒に生活をしていく中で、いろいろと泰子さんに厳しくしつける山岡さん。

山岡さんは日本のお母さんから本当のお母さんになりたかったのでしょう。

山岡さんはなぜ渡る世間は鬼ばかりを何も言わずに降板したのか?

渡る世間は鬼ばかりを降板する2ヶ月前に、山岡さんはある宣告を受けていました。

それは、胆管癌!早期発見は難しく、見つかった時には末期の状態が多いという病気。

山岡さんも末期の状態で、1年後の生存率は20%という状態だったのです。

山岡さんはなぜ、何も言わずに降板したのか?

それは、前向きに考え、女優を復帰をめざしていたからです。

山岡さんはどんな最期を迎えたのか?

山岡さんは亡くなる1年前に最後の舞台をつとめています。

それは森光子さんの舞台。

黄疸をお化粧で隠し、迷惑をかけまいと千秋楽まで務め上げ、その後闘病生活に。

入院生活では、自分の病気を理解するために、医学書や専門書を読み漁り、

良いと言われることは何でもしました。

山岡さんは生きることをあきらめなかった。

しかし、亡くなる前にはほとんど寝ている状態になってしまいます。

その時に山岡さんがしたことは、今でいう終活。

泰子さんや妹さんに身辺整理を依頼。

亡くなる数日前には自分の葬儀に行くと起き出したり、

死亡届を役所に出してくてほしいと懇願したり…

そして、最期は養女となった泰子さんや親族、親友の池内淳子さんと芸能界の娘の長山藍子さんに

見守れ、天国や旅立ちました。

山岡さんのように、強く、優しいお母さんでありたいものです。

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